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オイラの独り言なのさ。
2009/08/11 18:54
かつてのセックスフレンド
かつてのセックスフレンドだったあの娘は今どうしている・・・


 思えば遠い昔のことではある。

 同じ教室にいるとき、いまなにをしてるかな、こっちのほうをみてるかな、俺のいうことが聴こえてるかな、など、あれこれ気にしながら、自他のいうことなすことを意識していたものだ。

 あの娘が気になり、気を引こうとする。なにかと意識して、どこか演技的になってしまう。
 いうことなすことの「内容」はどうでもよくて、つまるところ、あの娘の気が引ければよい、さらに「好意」を獲得できればよい。(もちろんさらに、ねんごろになって・・・して、と目的は、生物学者にいわせれば、種の保存にまで遡るわけだが)

 あの娘が見ているかもしれない、聴いているかもしれない空間においては、あの娘以外のだれとのやりとりも、つねになにがしか、あの娘への「効果」を考慮したものになってしまう。

 そのうち、あの娘も同じように俺のことを気にしていると思れる節もあるな、と思うと、ますます演技的なことになるが、いつまでも演技的な段階はつづくはずもなく、直接コクって砕け散るか幸福になるか、あるいはなにもなかったようにフェードアウトするか、である。
 直接コクってみると、俺のことを気にしているかも、というのが、まったく痛い思い込みと判明することも多々ある。むしろ、不快やセックスフレンドの嫌悪の意味で気にしていた、ということさえありそうだ。

 結果、幸福になろうと不幸になろうと、気になり、気を引こうとする、演技的になる、この過程そのものは、そこそこ楽しい、面白い。

 メタ・メッセージの乱舞や、やたら無為に気を揉んでしまうことは、どのような場・関係でも起きるが、とくに恋愛場面、求愛状況で顕著だ。甘酸っぱい、懐かしい感覚もあるが、いまさらオフィス・ラヴという柄でもない。ここが悩ましい。

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